「フランキンセンスにはボスウェリア酸という抗炎症成分が入っている」——精油を調べていると、必ずどこかで出会う説明です。
海外の記事にも、日本語のブログにも書かれています。研究論文の名前まで添えてあることも珍しくありません。
ただ、棚に置いてある15mLの茶色いボトル——あの精油の中に、その成分は入っているのでしょうか。
佐藤美咲








結論から言います。通常の水蒸気蒸留でつくられたフランキンセンス精油に、ボスウェリア酸は移ってきません。
理由は効能でも品質でもなく、もっと単純な物理です。ボスウェリア酸は重すぎて、蒸気に乗れないのです。


この記事では、その「壁」がどこにあるのかを数字で確かめ、では精油には何が入っているのか、そしてdoTERRAのフランキンセンスはどうなのかまでを、一次情報にあたって整理します。
そもそもボスウェリア酸とは何か
ボスウェリア酸(Boswellic acids/BAs)は、乳香樹(Boswellia属)の樹脂に含まれる五環性トリテルペン酸のグループです。
研究の中心にあるのは「AKBA」
なかでも研究が多いのが AKBA(3-O-アセチル-11-ケト-β-ボスウェリア酸)で、サプリメントや健康食品の分野で「標準化エキス」として扱われているのは、ほぼこの系統です。






つまり「フランキンセンス」という同じ名前で呼ばれていても、私たちが手にしているものは少なくとも3種類あります。


樹脂そのもの(薫香として焚くもの)、樹脂を水蒸気蒸留した精油、そして樹脂を溶媒や超臨界CO2で抽出したエキス。この3つを「フランキンセンス」の一語でまとめてしまうところから、話がずれ始めます。
水蒸気蒸留が運べる分子には、上限がある
水蒸気蒸留はとても素朴な仕組みです。原料に蒸気を通し、蒸気と一緒に飛べる分子だけを連れ出して、冷やして液体に戻す。それだけです。
ですから「蒸気と一緒に飛べるかどうか」がすべての分かれ目になります。ここに数字を入れてみます。


11-ケト-β-ボスウェリア酸の分子量は 470.7。沸点は 500〜600℃の範囲とされています(Tisserand Institute)。
一方、蒸留された精油の中で「もっとも重い部類」として知られるのがスクラレオールで、こちらはジテルペン、分子量 308.5です。












境界線は「420℃台」にある
境界線がどのあたりにあるのかは、実は精油の中に残っています。フランキンセンス精油に含まれるインセンソール(沸点428.8℃)と酢酸インセンシル(同420.1℃)は、蒸留で運ばれてくる分子としては最重量級です。


420℃台はぎりぎり越えてくる。500〜600℃は越えてこない。この段差の間に、ボスウェリア酸は取り残されます。
「精油にボスウェリア酸が入っていた」という報告をどう読むか
ここで正直に書いておかなければならないことがあります。「検出された」とする報告は、実際に存在します。
ただし、その中身を読むと事情が見えてきます。








報告されている2件と、その条件
代表的な2件は次のとおりです。
Suhail ら(2011)は約3%のボスウェリア酸を報告していますが、その条件は減圧蒸留・12時間。通常の商業的な精油製造では行われない条件です。
Al-Harrasi ら(2017)は0.1%を報告していますが、こちらは抽出方法の詳細が記載されていません。
そしてTisserand Instituteは、「通常の蒸留パラメータで製造されたフランキンセンス精油にボスウェリア酸が含まれるという信頼できる報告は、現時点で存在しない」とまとめています。






抽出法が変われば、中身も変わる
では、重い分子を取り出したい場合はどうするのか。答えは蒸留をやめることです。
超臨界CO2抽出は、蒸気ではなく高圧の二酸化炭素で成分を溶かし出します。熱で飛ばす必要がないので、インセンソール類やボスウェリア酸のような重い分子も理屈のうえでは拾えます。


CO2抽出なら入っているのか
ただし「拾える」と「たっぷり入っている」は別です。製造元Flavexのデータでは、B. serrata のCO2エキスに含まれるボスウェリア酸は微量(traces)と記載されています。






整理すると、こうなります。
| 形態 | つくり方 | ボスウェリア酸 |
|---|---|---|
| 樹脂(乳香そのもの) | 樹皮を傷つけて採取 | あり |
| 精油 | 水蒸気蒸留 | 実質なし |
| CO2エキス | 超臨界CO2抽出 | 微量(traces) |
| 標準化エキス(サプリ) | 溶媒抽出・規格化 | 主成分 |
同じ木、同じ樹脂から出発しても、取り出し方の一段階で中身がここまで変わります。
では、doTERRAのフランキンセンスはどうなのか
ここまでの話をふまえて、実際の製品を見てみます。公式情報を確認しました。


doTERRAのフランキンセンスは、Boswellia carterii, sacra, papyrifera, frereana の4種をブレンドした精油です。抽出部位は樹脂、抽出方法は水蒸気蒸留法と明記されています。
そして公式が挙げている主な成分は、α-ピネン/リモネン/α-ツジェン/β-カリオフィレン。












4種のうち1種は、樹脂の時点で持っていない
さらに、この4種のブレンドには興味深い事実があります。
4種のうち Boswellia frereana は、樹脂の段階でボスウェリア酸が検出されない種です。
Johnsonら(2021)が単木ごとのB. frereana樹脂を分析した研究では、トリテルペン画分の主成分はルペオール(14.7〜32.5%)、α-アミリン(13.0〜25.2%)、3-epi-ルペオール(6.4〜14.2%)、β-アミリン(5.3〜8.0%)であり、ボスウェリア酸は検出されていません。






なお、doTERRAの価格やPVについてはこの記事では扱いません。これらは変動があり、公式のバックオフィスで確認すべき情報だからです。品質管理の枠組みそのものについては doTERRAのCPTG品質基準を完全解説|8つの検査で守られる精油の真実 にまとめています。
産地や4種それぞれの背景については、フランキンセンスの産地オマーン|乳香樹の栽培と持続可能性で詳しくまとめています。
種が違えば、精油の中身も違う
「フランキンセンス精油」とひとくくりにできない理由は、もうひとつあります。種によって、精油の成分構成そのものが違うのです。


GC-MSによる比較では、次のような差が報告されています。
B. sacra:α-ピネンが68.2%と圧倒的に多く、リモネン+β-フェランドレンが6.2%。エステル類はわずか0.4%。
B. carterii:α-ピネンは37.3%にとどまり、α-ツジェン7.9%、ミルセン7.3%。かわりにエステル類が約40.1%を占め、酢酸オクチルが13.4%。
| 成分 | B. sacra | B. carterii |
|---|---|---|
| α-ピネン | 68.2% | 37.3% |
| α-ツジェン | 0.6% | 7.9% |
| ミルセン | 0.7% | 7.3% |
| リモネン+β-フェランドレン | 6.2% | 14.4% |
| エステル類(合計) | 0.4% | 約40.1% |
| 酢酸オクチル | — | 13.4% |
※数値は報告されている分析例であり、産地・採取時期・蒸留条件によって変動します。
「同じ花・同じ木でも産地や規格で中身が変わる」という話は、精油全般に共通します。ブルガリアンローズ精油の科学 — 成分・産地・品質基準を徹底解説も、同じ視点で読める記事です。












精油のフランキンセンスに、何を期待するか
ここまで読むと、少し寂しく感じるかもしれません。ですが、精油には精油の役割があります。
α-ピネンやリモネンといったモノテルペン類、そしてcarteriiのエステル類がつくる香りは、樹脂を焚いても、サプリを飲んでも得られないものです。


doTERRAが公式に挙げている用途も、吸入やディフューザーによる幸福感・リラックス・満足感、そして肌の健康と潤いのサポートです。これは蒸留で運ばれてきた分子でできることの範囲に、きちんと収まっています。






紫外線を浴びたあとのスキンケアという観点でフランキンセンスを扱った記事もあります。あわせて読むと、精油に何を期待できるのかがより具体的になります。→ 紫外線ダメージと精油|フランキンセンスの細胞修復作用を科学で読み解く
また、5000年にわたる乳香の歴史と、1kgの精油に約20kgの樹脂が必要という背景については フランキンセンスの5000年 にまとめています。
なぜ、この説明はここまで広がったのか
最後に、少しだけ構造の話をします。この誤解は、誰かが悪意で広めたものではありません。引用の連鎖のなかで、条件が一段ずつ落ちていった結果です。


出発点は、樹脂やその標準化エキスを対象にした研究です。ここには「樹脂エキスを用いた」という条件が必ず書かれています。
次の段階で、それを紹介する記事が「フランキンセンスには〜」と書きます。この時点ではまだ間違っていません。フランキンセンス=乳香=樹脂だからです。
問題は三段目です。精油を紹介する記事が、二段目の「フランキンセンスには〜」をそのまま引いてしまう。読み手にとって「フランキンセンス」はもう精油のことなので、樹脂の話がそのまま精油の説明として着地します。












同じように「よく語られる話」の出どころを確かめた記事として、ティーツリー精油の効果・効能と使い方|100年前の実験で消毒薬の11倍を記録したもあわせてどうぞ。
ラベルで確認したい3つのこと
ここまでの内容は、買うときの手順に落とすと3つだけです。


1. 学名が書いてあるか——Boswellia carterii なのか sacra なのか、あるいはブレンドなのか。先に見たとおり、種が違えばα-ピネンの比率は68.2%と37.3%ほども変わります。「フランキンセンス」だけの表記では、中身の見当がつきません。
2. 抽出部位が書いてあるか——フランキンセンスは樹脂から採ります。ここが書かれていない製品は、そもそも情報を出す姿勢が薄いと考えていいでしょう。
3. 抽出方法が書いてあるか——水蒸気蒸留なのか、CO2抽出なのか。この一語で、期待できる成分の範囲が変わります。CO2エキスは精油とは別物として扱ってください。






よくある質問
Q. フランキンセンス精油を飲めばボスウェリア酸を摂れますか?
A. 摂れません。通常の水蒸気蒸留でつくられた精油に、ボスウェリア酸は移っていないためです。加えて精油の経口摂取そのものが、量や体質によって負担になり得ます。研究で用いられているのは樹脂由来の標準化エキスであり、精油とはカテゴリが異なります。
Q. CO2抽出のフランキンセンスなら入っていますか?
A. 理屈のうえでは重い分子も拾えますが、製造元Flavexのデータでは B. serrata のCO2エキスに含まれるボスウェリア酸は微量(traces)と記載されています。「入っている」と「必要量が入っている」は別の話です。
Q. 高価なフランキンセンス精油なら含まれているのでは?
A. 価格は関係ありません。これは品質ではなく装置の原理の問題です。どれだけ丁寧に蒸留しても、沸点500〜600℃の分子は水蒸気では運べません。
Q. doTERRAのフランキンセンスにボスウェリア酸は入っていますか?
A. 公式が挙げている主な成分は α-ピネン/リモネン/α-ツジェン/β-カリオフィレンで、ボスウェリア酸の記載はありません。抽出方法も水蒸気蒸留法です。さらにブレンドされている4種のうち B. frereana は、樹脂の段階でボスウェリア酸が検出されない種であることが報告されています。
Q. では、精油のフランキンセンスは何に向いていますか?
A. メーカーが公式に挙げている用途は、吸入やディフューザーでの香りによる幸福感・リラックス・満足感と、肌の健康と潤いのサポートです。蒸留で運ばれてきた分子でできることの範囲に収まっており、そこに期待を置くのが自然です。
なお、同じ「よく言われていることと一次情報がずれている」話として、ビタミンB1の推奨量が2025年版で下がった件をnoteに書いています。「なんとなくだるい」が続いた人の話|100年前の日本人が苦しんだ栄養失調(note)
まとめ
- ボスウェリア酸は樹脂の成分であり、通常の水蒸気蒸留では精油に移らない
- 理由は分子量470.7・沸点500〜600℃という物理的な壁。精油側の最重量級はスクラレオール(308.5)
- 境界はインセンソール(428.8℃)・酢酸インセンシル(420.1℃)のあたりにある
- 「検出された」報告は減圧蒸留12時間などの特殊条件、または抽出法の記載がない
- CO2エキスなら拾えるが、それでも「微量」。研究で使われる量を求めるなら標準化エキスという別カテゴリ
- doTERRAは4種ブレンド・樹脂・水蒸気蒸留。公式の主な成分はα-ピネン等で、ボスウェリア酸の記載はない
- しかも4種のうち frereana は、樹脂の時点でボスウェリア酸が検出されない
精油を選ぶときに見るべきなのは、効能の説明文よりも学名と抽出方法です。その2つが分かれば、中身の見当はかなりつきます。
精油のラベルで迷わなくなる「えらびガイド」を差し上げています
学名の見方、種類ごとの違い、家に置くならまず何から——この記事で見てきた「ラベルのどこを見るか」をまとめた「はじめてでも失敗しない 精油えらびガイド」を無料でお配りしています。


LINEで 【精油ガイド】 と送っていただくと、その場でお渡しします。
※本記事は精油に関する情報提供を目的としたもので、疾病の診断・治療・予防を目的としたものではありません。体調に不安のある方、通院・服薬中の方、妊娠中・授乳中の方、小さなお子さまへの使用を検討されている方は、必ず医療機関にご相談ください。精油の経口摂取は自己判断で行わないでください。
【主な参照】Tisserand Institute, Does Frankincense oil contain boswellic acid?(分子量・沸点、Suhail et al. 2011/Al-Harrasi et al. 2017 の扱い、Flavex社のCO2エキスデータを含む) / Johnson S, DeCarlo A, Satyal P, Dosoky NS, Sorensen A, Setzer WN. The Chemical Composition of Single-Tree Boswellia frereana Resin Samples. Natural Product Communications, 2021 / Chemical differentiation of Boswellia sacra and Boswellia carterii essential oils by gas chromatography and chiral GC-MS. J Chromatogr A, 2012 / doTERRA フランキンセンス 製品情報(学名・抽出部位・抽出方法・主な成分)









コメント